Tax Accounting 税務会計情報

新監査理論

監査実施論体系の再構築

リスク・アプローチ監査から異常性アプローチ監査へのパラダイムの転換

I. はじめに

バブル崩壊後の不況下で企業の粉飾決算は増加したが、その勢いは21世紀に入っても続いている。日本だけでなく、世界一厳しい会計基準と監査基準を有している米国においても然りである。米エネルギー大手のエンロン(Enron Corp.)を初めとするいくつかの粉飾決算が発覚し、国際的関心事に発展した。
粉飾決算を見逃す原因には、監査人の独立性、倫理観、関与時間及び技量の不足等種々の問題が存在している。ここでは、その原因の中で監査の本質に関わる理論及びそこから派生する監査手法にスポットを当ててみたい。
現在監査意見形成の基本構造として、通説的な立場にあるリスク・アプローチ監査論体系が最も論理的且つ効率的であるかについて疑問無しとは言えないように思われる。なぜならば、本質的にリスクは内在的なものであって、過去のリスクについて認識・評価することは可能であっても、現在のリスクの原因を認識する前にそれを認識・評価することは不可能であるからである。
これに対し、異常性は外在的・現象的であって、現在の異常も認識することは可能である。リスク認識は異常性認識の後に初めて生じることになる。
そこで、監査意見形成の基本構造としてのリスク・アプローチと異常性アプローチの差異を検討するとともに、異常性アプローチ監査の理論体系とそれに基づく監査手法の仮説を提示し、ご批判やご高教を承ることとした。

II. リスク・アプローチ監査と異常性アプローチ監査の概要

1. 監査意見形成の論理的共通前提一試査

監査主体(監査人)の監査意見表明の対象は財務諸表の適正性に関するものであるが、この財務諸表が個々の取引の膨大な集合体であることから、監査主体が精査をすることは現実的に不可能である。したがって、リスク・アプローチ監査と異常性アプローチ監査はともに監査意見形成の論理的基礎として、一部の立証をもって全体の確からしさを立証する試査を前提とする。

2. リスク・アプローチ監査の基本構造の概要

財務諸表監査の適正性に関する意見形成において絶対的な信憑性を与えることは不可能であり、監査上の危険すなわち監査危険(Audit Risk)が伴っている [1]。
そこで、監査におけるリスク・アプローチとは、監査業務の有効性と効率性を追求しようとする思考に基づいて、監査資源(監査人の労力や監査時間等)を効果的に配分することによって、監査人の負担の増大を避けながら監査目的を達成しようとするアプローチである [2]。これを監査リスク・モデル「監査リスク(AR:Audit Risk)=固有リスク(IR:Inherent Risk)×内部統制リスク(CR:Control Risk)×摘発リスク(DR:Detection Risk)」で示している。
このリスク・アプローチの思考は、SAS第47号 [3] によって導入された。そして、SAS第55号 [4] において、部分的に補足修正され、リスク・アプローチに基づく監査意見形成の基本構造が提示された。日本の監査基準もこの思考を踏襲し、その適用を強調している。

3. 異常性アプローチ監査の基本構造の概要

異常性アプローチ監査においても、監査リスクの存在を認め、監査業務の有効性と効率性を高めるために監査資源を効果的に配分しようとする思考はリスク・アプローチ監査と同様であるが、異常性アプローチは、漠然としたリスク評価をする前に異常性認識を第一に志向するものである。

(1) 異常性の意義

監査主体(監査人)は、財務諸表のみならず、企業体のヒト・カネ・モノ三財全ての資源を監査の対象(客体)とする。異常性アプローチの論証方法としては、客体を常態と異常とに区分し、両者の論証方法を異にする。この場合の常態に対峙する概念として異常を据えている。すなわち異常性とは常態(普通のこと)と異なる状態の傾向(変化も含める)をいう。この異常性は、監査客体(ヒト・カネ・モノ)全ての異常性を含み、異常認識の対象とする。
異常認識形態には、本能的異常認識、信号的異常認識、文化的異常認識、象徴的異常認識及びそれぞれを絡み合わせた理論的・科学的異常認識等が考えられるが、後日の問題としたい。

(2) 異常性アプローチのプロセス

異常性アプローチ監査においては異常性認識を第一に志向することから、異常性認識の前提としての客体認識が監査の第一ステップとなる。客体とは、ヒト・カネ・モノ全てを含むビジネス全体であり、コーポレート・ガバナンスからビジネスを構成する個々の取引までをも含む。換言すれば、ビジネス・アプローチであるが、これが異常性アプローチの根幹となる。
ビジネス・アプローチを中心とする客体認識から異常性認識を行った後、異常性評価・リスク評価を行う。 
これらの評価をもとに、異常性とリスクが共に高い客体から順次実証的手続を実施、内在的リスク部分にアプローチして真偽を判定していく。

III リスク・アプローチ監査と異常性アプローチ監査の差異

リスク・アプローチ監査と異常性アプローチ監査の差異を明らかにすることは、それぞれの監査理論及び監査手法の本質が写し出されることに鑑み、敢えて異常性アプローチ理論の詳述前に両者の差異を述べることとした。
そこで、リスクと異常性の本質的差異と両アプローチの監査上の差異に分けて比較してみる。

1. リスクと異常性の本質的差異

(1) 言語上の本質的差異

リスクとは、一般的には危ないこと・安全でないことであり、監査上は財務諸表に不適性な部分が存在することである。これは内在的なものであって、監査人が容易に知覚することは出来ない。
異常性は常態と異なることの傾向をいい、外在的であって、監査人はこれを現象から把握・認識することが可能である。

表1 本質的差異
差異項目 リスク 異常性
意義 危ないこと 常態と異なることの傾向
本質 内在的 外在的
(現象的)
認識順位   後   先

(2) リスクと異常性の認識順位と評価の可能性

前述のようにリスクは内在的なもので、人は異常性認識を得た後に初めてリスクを認識することになる。勿論、監査の歴史上一般的に認識されているリスク及び過去監査で特別に認識したリスクによって、ある程度現在リスクを推定することは可能であるとしても、異常性認識なくしての新しいリスク認識は不可能に近いであろう。特に監査の場合、既に知覚されているリスクは真のリスクとはならず、新しいリスクが醸成される場合が多々あるものである。
このようなリスクの本質から異常性認識前の不確実性の高いリスク評価は正にリスクであると考えざるを得ない。

2. 両アプローチの監査上の差異

(1) アプローチ内容

リスク・アプローチとは、監査リスクの評価と統制を通じて監査意見形成の合理的基礎を確立する概念フレームワークである(石原俊彦教授)としている。これに対して、異常性アプローチは、不確実性の高い予想リスク評価を避け、監査客体の異常現象に直接アプローチし、監査の有効性(質)を高めようとする。異常性アプローチの後に異常性評価・リスク評価を行うが、リスク・アプローチと異なるところは、単にリスク評価のみを行うのではなく、異常性との関連においてリスク評価を行う点にある。

表2 監査上の差異
差異項目 リスク・アプローチ 異常性アプローチ

[1] アプローチの内容 監査客体のリスクの評価・統制 監査客体の異常性にアプローチし、異常性とリスクを評価・統制
[2] 客体認識の重視度 弱 強
[3] リスク評価の位置付け 最優先 異常性評価の後、異常性との関係で評価
[4] 異常性評価の位置付け 監査人の判断 最優先
[5] 論証方法 理論的大枠としての
  演繹的推論
  帰納的推論 演繹的推論・帰納的
推論の2本立
    +
背理法的推論の2重法
[6] 論理的推論の基礎を形成するランダムなサンプリングの有無 無  有(常態部分)
 無(異常部分)→
      背理法
[7] 論証方法の客観的証明力 弱 強
[8] 監査主体(監査人)の必須能力 リスクの評価能力 異常性認識能力
[9] 分析的手続の位置付け 監査手続の一部 監査手続の一部

異常性把握機能
(主体の補助機能)
[10] 監査主体の選択効果 有→危険 無
[11] 教育・研修に関する重点 評価方法 異常性認識方法

(2) 客体認識の重視度

異常性アプローチにおいては、異常性認識の前提となる客体認識を監査の第一ステップとして重要視する。強い客体認識力、いわば眼力なくしては、異常性認識もリスク評価も、そして監査手続全体が空虚なものになってしまうからである。特に異常性の感知・認識は、客体の正しい理解と分析から生起する。観念的には、客体アプローチの後に異常性アプローチを行うが、手続上は同時に行うことになろう。
リスク・アプローチでは、特に客体認識を重視するものではなく、一般手続の一つとして捉えることになろう。

(3) リスク評価の位置付け

監査のリスクを一般的リスク、過去特有リスク及び、現在リスクに分けることは可能である。一般的リスクは歴史的に監査客体(企業)に共通して一般にリスク割合が高いと考えられている項目、例えば売掛金(売上)や在庫(仕入)などに存在するリスクを言う。過去特有リスクは継続監査において過去に知覚されたリスクを指す。これに対し、現在リスクは一般的リスク項目や過去特有リスク項目も含め、監査客体の全領域に亘って現在存在するであろう新しいリスクである。
リスク・アプローチ監査では上記3種のリスクを事前に評価し、リスク度の高い領域に監査資源を優先的に配分する。
異常性アプローチ監査においては、一般的リスク及び過去特有リスクは監査プロフェッショナルの基礎的知識・情報として捉え、現在リスクが評価の中心となる。そして、リスク評価を監査上優先的地位におくのではなく、異常性評価との補完関係におく。すなわち、先行する異常性評価を上記3種のリスク評価との組合せの中で異常性とリスクがともに高い項目から監査資源を配分していく。

(4) 異常性評価の位置付け

リスク・アプローチ監査においては、異常性認識・その評価は監査人の監査技術上の判断に委ねられて、特に強調されてはいない。
ところが、異常性アプローチ監査は異常性把握を最優先とし、監査計画のための客体全体の異常性アプローチから内部統制・個別取引の異常性アプローチまで、監査の全領域及び全プロセスに亘って、その思考を貫いている。異常性把握力こそが監査の品質を決定するものであり、監査の神髄であるとの認識に基づいている。

(5) 論証方法

財務諸表の適正性についての論証方法に関し、漠然とした表現で演繹的・帰納的に立証されるとしている場合が多い。
これに対し、異常性アプローチ論においては、監査客体を常態部分と異常部分に区分し、論理学上の証明観に基づいて常態部分には演繹的推論と帰納的推論を、異常部分には背理法的推論の二重の網をかける論証方法を採用している。

(6) 論証的推論の基礎を形成するランダムなサンプリングの有無

帰納的推論とは、いくつかの取引の性質の論証から一定の取引集合体の性質を論証するものである。この場合、理論的には論証された取引集合体は「取引の集合体(母集団)からランダムに選ばれたサンプル」を基礎にしていることが前提であって、そのサンプルに偏りがあってはならないが、監査上は偏りが起きうる。その主なものは、母集団の極めて限られた一部に故意に操作が加えられる粉飾である。さらに、サンプリングが経済的・時間的制約による量的制限を受ける。したがって、帰納的推論の前提が崩れてしまえば、これによって論証されたとは言えないことになる。
この論理的弱点及び量的制限をカバーする為に、異常性アプローチ監査では、監査客体を常態部分と異常部分に2分し、従来の帰納的推論に背理法的推論を被せる論証方法を採用するものである。

(7) 論証方法の客観的証明力

監査資源の効果的配分をリスク評価のみに依存するなら、リスク・アプローチ監査では、一般的に認識されているリスク評価と過去のリスク評価をベースに現在の予想によるリスク評価に基づいて資源を配分することになる。この場合、現在の新しいリスク評価の根拠を何に求めるべきであろうか。リスクが内在的であるがゆえに、客観的な証明は困難である。客観的に証明出来るのであれば、監査自体終わりとなるからである。
これに対し、異常性は外在的・現象的であるから、これを証拠として残すことが可能である。したがって、異常性評価に基づく監査資源の配分根拠は客観的に証明されよう。特に後述する異常性検出システムはそれを容易にするであろう。

(8) 監査主体の必須能力

監査主体(監査人)の必須能力は、リスク・アプローチ論ではリスク評価能力であろうが、異常性アプローチ論では異常性認識能力である。
いかにリスク評価能力があったにせよ、異常性認識無しのリスク評価は、人間生来の能力の限界から所詮漠然としたものにならざるを得ず、リスク評価のみで内在的な真のリスクを発見することは困難であろう。

(9) 分析的手続の位置付けの差異

リスク・アプローチ監査の思考上分析的手続がどのような位置付けかは明らかでないが、わが国の監査実施基準では、リスク・アプローチ監査を強調し、そして、監査基準委員会報告書第21号(中間報告)は次のように定義している。すなわち、分析的手続は、監査人が財務データ相互間又は財務データ以外と財務データとの間に存在する関係を利用して推定値を算定し、推定値と財務情報を比較することによって財務情報を検討する監査手続である。推定値には、金額のほか、比率、傾向等が含まれる。ここでの分析的手続は、単に推定値と財務情報を比較するものであり、監査手続の一つと考えられている。しかし、分析的手続が監査基準で強く取り上げられたことは大きな進歩であろう。
異常性アプローチ監査における分析的手続は、上の定義の機能範囲を超え、監査人の異常性認識を補助する異常性検出機能を内蔵する。したがって、ここでは、上の分析的手続と区別して「異常性検出システム」と称する。
監査を医療に例えるならば、これは医療における検診・診断システムに相当する。医療の診断法は、X腺、内視鏡、超音波から細かい組織の異常を発見するMRI、さらに遺伝子検査へと限りない方向に進歩を続けている。
2003/1/12付日経新聞によれば、空の安全を守る航空機の整備工場でも、エンジンに異常がないかを細かく分解してチェックしている。紫外線で欠陥を見つける自動検出システムや肉眼では見つけられない部品内部を調べる内視鏡検査など人間の健康診断を思わせるようなものもあると記している。 
これらの分野に比べて、監査の分野は著しく遅れている感を覚えざるを得ない。紙幅の関係でここで記すことは出来ないが、私は監査における異常性検出システムの開発を試みているところである。

(10) 監査主体の選択効果

監査主体の「選択効果 [5]」とは、監査主体の性質や能力が試査対象の層を偏らせてしまうことを言う。つまり、過去に認識された客体のリスク要因は翌期には減少する傾向にあるにも拘わらず、偏った情報の補正を忘れて監査主体は過去のリスク結果を鵜呑みにし、試査対象をその方向に偏らせてしまう傾向を意味する。
リスク概念は過去の異常認識から導かれるため、現在のリスクを予想で評価するリスク・アプローチ監査には論理学上の選択効果による危険性が十分存在する。
異常性アプローチ監査では、過去の異常認識から形成された一般的リスク評価及び過去特有リスク評価を基礎知識・情報としながらも、これに拘泥せず、現在の異常性認識・評価を経た後に現在リスク評価をするプロセスであることから、選択効果は発生しない。

(11) 教育・研修に関する重点項目

リスク・アプローチ監査では、当然ながらリスク評価と統制を中心に監査の教育・研修を行っている。次の監査リスク・モデルがリスク・アプローチ監査の骨格を成している。
    監査リスク(AR)=固有リスク(IR)×内部統制リスク(CR)×摘発リスク(DR)
このモデルが監査リスクを説明するための便宜的関数であるとすれば、理解出来るところであるが、理論的には、関数関係に疑問が残る。すなわち、監査リスクは監査の主体における概念であって、摘発リスクもその一種であるが、固有リスク(IR)と内部統制(CR)リスクは、監査客体に存在する監査リスクの要因である。原因と結果の関係にある要素を区別することなく混淆し、同一に論じている点では、整合性に欠けるであろう。
このような監査リスク・モデルを中心とした教育・研修が監査品質の向上に十分寄与出来るか疑問である。
異常性アプローチ監査では、異常性認識・評価方法を教育・研修の中心課題とし、一般的リスク評価及び過去特有リスク評価は基礎的知識・情報の領域であるとする。 
これを医学に例えてみる。医師は、医師になる前に客体である人体構造や人体の病気(性質及びリスク)について知識を修得する。臨床診断では、過去の診断情報(知り得た体質や病状のカルテ)を当然参考にする。すなわち、客体そのものの認識と病名による一般的リスク程度(評価)・過去特有リスク評価は基礎的知識及び基礎的情報となっているであろう。したがって、プロフェッショナルな医師としての教育・研修は、病気の重さに関する予想評価の方法を研修するのではなく、病気の性質や診断方法(異常性認識や異常性評価・リスク評価の方法)並びに治療方法(改善方法)であろう。

IV. 異常性アプローチ監査の基本構造仮説

1. 監査の基本命題立証の理論体系

(1) 経営者の主張と監査の基本命題

企業の経営者は、企業の財務諸表を通して財政状態や経営成績を利害関係者に表明する。監査論ではこの表明を経営者の主張として認識する。
監査人は、この経営者の主張の適正性に関して監査意見を表明する。つまり、経営者の主張の真偽、換言すれば、財務諸表の適正性の立証が監査の基本命題(監査人の究極的要証命題)である。
この基本命題について、我が国の監査基準では、財務諸表に対する意見の表明は、財務諸表が企業の財政状態および経営成績を適正に表示しているかどうかについてなされなければならないとし、財務諸表の適正性に関する監査意見の表明が、財務諸表監査における最終目的であることを規定している。
なお、アメリカ会計学会基礎的監査概念委員会の報告書(ASOBAC [6])は次のように示している。

前提1(真)  一般に認められた会計原則に準拠して作成された財務諸表は会社の財政状態および経営成績を適正に表示している。
前提2(仮定) 財務諸表は一般に認められた会計原則に準拠して作成されている。
結論(監査意見)財務諸表は会社の財政状態および経営成績を適正に表示している。

ASOBACは、財務諸表監査の適正表示命題を監査人の直接の認識対象として位置づけた上で、最終的監査意見の論証形式を論理学上の演繹法に置いている。しかし、この論証形式は監査意見形成の単なる理論的大枠を示すのみで立証構造を明らかにするものではない。

(2) 基本命題の細分化と試査

監査の基本命題は財務諸表の適正性の立証である。その財務諸表は個々の取引の集合体であり、企業経営者の主張の集合体である。ここで、一つの取引の立証を原子命題(これ以上細分化できない最小の監査命題)、一定の取引集合(例えば、取引科目)の立証を分子命題と呼ぶことにすると、監査の基本命題は多数の分子命題の集合から、そして分子命題は多数の原子命題の集合から構成されていることになる。 
大規模企業における基本命題は莫大な原子命題から構成されていることを直視するなら、財務諸表監査で原子命題全てを立証(精査)することは物理的・経済的に不可能である。そこで、一定規模以上の財務諸表監査は試査を前提とする。試査を前提としながらも、監査客体は個々の原子命題の真偽を通じて基本命題の立証に到達しなければならない。
ところで、証明の本性は何であろうか。証明が自然現象である場合には、その本質を探究し発見することになる。しかし、証明が自然現象でない以上、その本質を探ることはできない。社会現象 [7] の証明の本性は、社会上の種々の規約的な事柄である。論理学上の証明観には、演繹的推論、帰納的推論あるいは演繹的推論と帰納的推論の二本立てでいく3つがある。
監査証明の対象(客体)である財務諸表が、まさに社会上の一種の規約的事柄の範疇にあることは明白である。さらに、監査の基本命題が極めて多数の原子命題の集合体であることに鑑みれば、監査証明は演繹的推論と帰納的推論の二本立てによる証明観が適切である。本稿ではこの証明観を採用する。

(3) 試査の限界と異常性

一定規模以上の財務諸表監査において、試査を前提とする監査の基本命題立証の困難さは、[1] 企業体の大規模化に伴う試査割合の極小化、[2] 論理学上の帰納法あるいは統計学上の確率論適用における不確実性に存する。すなわち、[1] 大規模企業の監査においては経済的・時間的制約から試査の対象となるサンプル数は制約され、その試査率は極めて小さいのが現実である。そして、[2] 帰納法や確率論を用いて分子命題を立証するために選ばれる原子命題(サンプル)は、分子命題(取引の集合体-母集団)からのランダムサンプリング(Random Sampling [8] ) が基礎となっており、そのサンプルに偏りがあってはならない。しかし、監査上は無理な一面が存在する。その主たるものは、母集団の極めて限られた一部に故意に操作が加えられる粉飾である。この場合、粉飾の原子命題がサンプリング率極小化の下でサンプルとして選ばれる確立は極めて低く、なおこの原子命題は他のサンプルとは性質を異にした偏りのあるサンプルということになる。したがって、理論的には帰納法や確率論の前提が破壊されており、その証明の妥当性が問題となる。
そこで、上記論証そのものを破壊する「サンプルの偏り」の因子である粉飾の原子命題、つまり異常部分を母集団から除外し、異常部分を除いた「サンプルの偏りのない母集団」には上記論証方法を採用し、異常部分は特別に解明し、試査あるいは精査によって立証する。さらに、原子命題の集合体である母集団から除外した異常性部分を利用した「背理法」による論証は、元の母集団の真偽を二重に証明する構成となる。
  図1

このように試査を前提とする監査上の要請及び前述の監査リスクの本質から必然的に異常性アプローチに進化せざるを得ないと考えられる。基本命題の論証方法についてみても、漠然と演繹法・帰納法によって証明されるとする従来の証明方法から演繹法・帰納法と背理法の二重の証明方法への転換は、立証を論理化し、証明力を一層強化するであろう。

(4) 基本命題の立証構造

1 基本命題の構成
監査の基本命題は財務諸表の適正性の立証である。その基本命題は多くの分子命題から、分子命題は多数の原子命題から構成される。分子命題は、細分化された立証対象を指す観念的概念であるが、実際の監査においては、それは売掛金という一つの科目、あるいは1月の売上等が、立証対象として計画され、細分化された分子命題として具体化される。

2 演繹法・帰納法と背理法による二重の論証法
企業体全体の異常性認識の結果、基本命題及び細分化される分子命題の立証プロセスは次の通りである。
  第1ステップ :基本命題及び細分化された各分子命題の客体(ヒト・カネ・モノ全て)を常態部分と異常部分に二分する。
  第2ステップ :原子命題の立証であるサンプル実証的手続には演繹的推論を、分子命題の客体の内常態部分全体には帰納的推論を採用し、2本立てで客体の真偽を論証する。
第2ステップ :分子命題の客体の異常部分には精査による実証的手続あるいはサンプル実証的手続によって客体を解明する。サンプル実証的手続の場合は、常態部分と同様に演繹的推論・帰納的推論によりその真偽を論証する。
  第3ステップ :異常部分が偽である場合には、これが含まれていた常態部分の適正性について再検討する。異常部分が真である場合は、背理法的推論によって常態部分も真であることが二重に論証される。この場合、常態部分が真なることの立証を省略することも可能となろう。
   図2

3 演繹的推論による証明
ここで、論理学に従えば、命題は、「真」か「偽」であるという性質をもつ。逆に命題以外のものは「真」にも「偽」にもなれない。真、偽を「真理値」といい、真理値には、真と偽の2通りしかない。そこで、命題の証明とは、「真なる前提が得られたとき、そこから間違いなく真なる結論を導き出す手続」である。世によく知られた「証明」は、次のような三段論法たる演繹法 [9] であろう。
 前提1(真) 恐竜(Lx)は 絶滅した(Fx)。
 前提2(仮定)ティラノサウルス(Ca)は 恐竜(La)である。
結論 (真) したがって、ティラノサウルス(Ca)は 絶滅した(Fa)。
すなわち、前提1が「全てのx(恐竜)について、Lx(全ての恐竜)ならFx(絶滅した)」と述べている以上、1つの具体的恐竜(個体という)についても「La(恐竜)はFa(絶滅した)」が当然成立するはずである(「全称汎化」と呼ばれる論理学上の推論規則より)。前提2の仮定が真であるならば、結論は真となることを示す。
このLa、Fa、Caに監査の原子命題を投射すると次のようになる。
【イ】取引処理の論証
 前提1(真) 合理的証拠(Lx)は 一般に認められた会計原則(処理基準)に準拠した(Fx)ものである。
 前提2(仮定)一つの取引の処理(Ca)は 合理的証拠に基づいている(La)。
 結論 (真) 一つの取引の処理(Ca)は 一般に認められた会計原則に準拠している(Fa)。
すなわち、前提1が真であるから、前提2の仮定である一つの取引が合理的証拠に基づいていることが証明されるならば、結論として、一つの取引は一般に認められた会計原則に準拠して処理されていることが論証される。
【ロ】表示の論証
 前提1(真) 合理的証拠(Lx)は 一般に認められた会計原則(表示基準)(Fx)に準拠したものである。
 前提2(仮定)一つの取引の表示(Ca)は 合理的証拠に基づいている(La)。
 結論 (真) 一つの取引の表示(Ca)は 一般に認められた会計原則(表示基準)に準(Fa)拠している。
上記○イと同様に一つの取引の表示は一般に認められた会計原則に準拠していることが論証されることになる。

4 帰納的推論による証明
個々の原子命題の論証は、上記のように演繹的推論に基づくが、原子命題のある一定の集合(一つの監査目標項目)の論証には、帰納的推論 [8] が適用される。ここに、帰納的推論とはいくつかの事例(原子命題)の性質の論証から一定の取引集合(ここでは分子命題と称する)の性質の論証に帰する論証方法である。それは、次のような論証である。
  前提  「20歳の人が30歳まで生きる」ということはほとんどの場合正しかった。
  結論  20歳の人のうちほとんどが30歳までは生きる。
これを監査の分子命題に投射すると次のようになる。
  前提  「一つの取引の処理は一般に認められた会計原則に準拠したものである」(原子命題)はほとんどの場合論証された。
  結論  一定の取引集合の処理はほとんどの場合一般に認められた会計原則に準拠したものである(分子命題の論証)。

5 背理法的推論による証明
背理法 [10] は、結論を直接導き出すのではなく、反証したい異常仮説を仮定として置き、矛盾が出てきた以上仮定が間違っているはずだとして、仮定を否定した命題が証明できたとする手法である。いわゆる「間接的証明法」である。例えば、次のとおりである。
  仮定  地球外知的生命が存在する(P)。
  前提1 地球外知的生命が存在する(P)なら、太陽系はすでに植民地化されているはずだ(Q)。
  前提2 太陽系内に植(Q)民地化(でない)の形跡はない。(観測事実)
  結論  よって、仮(P)定は偽(でない)である。(背理法より)
このP、Qに異常と思われる分子命題を投射してみる。
  仮定  取引の一つの集合の処理が一般に認められた(P)会計原則に準拠していない。
  前提1 取引の一つの集合の処理が一般に認められた(P)会計原則に準拠していないなら異常が認識されるはずだ(Q)。
  前提2 異常の(Q)形跡(でない)はない。(合理的証拠の確認事実-演繹的推論・帰納的推論の結果)
  結論  よって、仮定は偽である。
 つまり、取引の一つの集合の処理は一般に認められた会計原則に準拠している。

(5) 医学における診断と異常性アプローチの類似性

1 社会学における企業体の人体類似論
私は企業体の監査は医学の診断に極似していると考えている。この認識を基にするなら、長い歴史を持つ医学上の診断アプローチは企業体の監査アプローチに極似する可能性が高いであろう。そこで、先ず前提として、企業体と人体との類似性が問題になるが、社会学上その類似性は容認されるであろう。
すなわち、社会学におけるスぺンサーの社会有機体論及びその流れを汲むパーソンズの社会システム理論 [11] は、生物特有の有機体と社会との類似性を認め、企業体が社会の分身であると論じている。これは、企業体と人体の類似性を意味することになる。

2 医学的診断と異常性アプローチ
ここで医師の診断プロセスを概観してみる。医師は、プロフェッショナルとしての医師たる資格を得る前にその客体である人体構造や人体の病気(性質やリスク程度)について知識を修得し、資格を得た後臨床経験によってその知識及び情報の質を向上させている。長い医学の歴史で得られた人体の一般的リスク評価についての知識は既に保持している。
具体的臨床の診断においては、一般的な病気の特質(一般的リスク)や過去の診断カルテ(過去特有リスク)を基礎知識・基礎的情報としながらも、医師の診断のポイントは正確な病気の発見と病状の把握にあり、そしてそれを如何に治療するかにある。
すなわち、医師は、患者の異常性にアプローチ(診察)し、異常性認識に基づいて異常性評価・リスク評価を行った後異常・リスク(病気)の判定(診断)を下す。その際、彼は、診察・診断の補助として種々の検査用品や検査機器を利用し、最終診断を行う。患者に直面した医師は、プロフェッショナルとして当然病気の程度(現在リスク評価)を頭に浮かべるであろうが、これをことさら問題にすることなく、患者の病気(異常)そのものの把握に診察の目は向けられるであろう。
このように、医師の診断プロセスは異常性アプローチ監査のプロセスと極めて類似しているように考えられるのである。

2. 異常性アプローチの体系

(1) 基礎的概念体系

監査の基本命題は財務諸表の適正性の立証であるが、異常性アプローチ監査においては、監査の客体は企業体であることを前提とする。その企業体はヒト・カネ・モノで構成されているところから、それら全てが監査の客体となる。
監査主体(監査人)は、客体そのものを理解・解明して客体の実体認識を行い、その異常性にアプローチする。そして、異常性認識を基に異常性評価・リスク評価を経て実証的手続によって実体の真・偽を判定し、命題の適正性を立証する。このプロセスを企業体の総合的観点からと個別的観点からの双方から繰り返し、基本命題の立証へと到達する。
このアプローチ体系は三角錐(図3)で表すことが出来る。
三角錐の第1面は客体の構成要素であるヒト、第2面はカネ、第3面はモノを表している。三角錐の内部には財務諸表が詰まっている。そして、その三角錐の周囲を立証プロセスが回転してアプローチし、3面の外在的異常性認識から三角錐の内部に隠れているリスクに迫っていく。
     図3

三角錐の3面には、いろいろな要素(例えば、第1面のヒトには、コーポレート・ガバナンス、トップマネイジメントから各部門の管理者、個々の従業員にいたるまでいろいろな人材が含まれる)が貼り付けられるが、ここでは省略する。

(2) 客体認識

1 客体の範囲
 異常性認識を行うためには必然的に客体の理解と解明が必要になる。この客体の理解と解明が客体認識である。医師が人体構造や病気に関する知識を資格条件としているように、監査人は、監査資格を得る前に客体である企業体及びその異常内容についての基礎知識を修得し、監査に当っては、企業体の常態部分と異常部分の識別がつく程度までその実体を把握しなければならない。
人体構造は人によって大きく異なるものではないが、企業体は千差万別であり、客体の認識については医師よりも監査人の方が困難であるとも言えるであろう。
客体認識の範囲は、監査の基本命題の対象である財務諸表よりは広く、狭義には企業体の構成要素であるヒト・カネ・モノの三財全てを指すことになるが、広義には、医師が人の生活経歴や環境に配慮するように、企業体に関連する環境全般を含むことになる。

2 ビジネス・アプローチ
異常性アプローチが必然的前提とする客体認識は、言い換えれば、ビジネス・アプローチである。このビジネス・アプローチは、客体の範囲の項で述べたように企業全体(企業の経営組織・性格・目的・戦略から末端の一つ一つの取引にいたるまで)の認識を指向するものであり、アプローチ内容は監査の新しい方向とされているビジネスリスク・アプローチと軸を一つにする。ビジネスリスク・アプローチの特徴としてあげているもののうち、異常性アプローチの思考と同じものは次のとおりである。
 ○イ分析的手続の重要性が高い
 ○ロ実証的手続は減少する
しかし、異なるところも当然存在する。ビジネスリスク・アプローチが、ビジネスリスクの観点から統制テストをトップダウンで行うのを特徴とするのに対して、異常性アプローチ監査では、トップダウンに限定されることなく、ボトムアップにもテストアプローチを実施する。末端の異常性からトップの不正が発見されることに遭遇することがあるからである。

(3) 異常性認識

1異常性の内容
異常性の意義については前述したが、その内容は監査客体のあらゆる場合に表われる異常の兆候であって、次のようなものがある。
 ○イ 故意による不正 - 資産流出・粉飾等
 ○ロ 過失による誤謬 - 数字の桁違い等
 ○ハ 過失、故意又は未必の故意による不作為 - 不良債権の未償却等
 ○ニ 過失、故意又は未必の故意による違法行為 - 取締役の競業避止義務違反等
 ○ホ 錯誤による取引及び表示 - 勘違いによる法令解釈や取引処理等
これらの異常の兆候は、トップ経営者から個々の従業員までの全構成員の言動(ヒト)、金銭とその流れ(カネ)及び物とその異動状況(モノ)、並びにこれら三財に関連する全ての情報に表われる。したがって、異常認識の客体は、ヒト・カネ・モノに関わる情報の集約である財務諸表(立証対象)よりも広く、三財の本体とそれらに関連する全ての情報を含む。

2 監査対象の異常性認識力
 監査主体は、深められた客体認識から客体の異常性を感知しなければならない。この異常性を感知する力が監査主体の異常性認識力である。異常性認識力は、財務諸表監査に関する専門的知識や客体観察力から生じてくるが、経験・研修によって強化される。これらの要素の差及び主体の注意力や想像力の差によって、主体に異常性認識力の差が生じてくる。この差を縮小し、さらに監査主体の異常性認識力を補強するのが異常性検出システムである。

3 異常性検出システム
異常性検出システムとは、監査基準で定義されている分析的手続機能に異常性検出機能を付加したソフトをいう。医療における検査機器に相当する。
 このシステムに重要な役割が求められる理由は、次のような要因による。
 ○イ 上に述べたように監査主体の異常性認識力には大きな差があることは否めない。
 ○ロ 客体である企業の大規模化・複雑化に伴って客体認識・異常認識が困難になってきている。
 ○ハ 時間的・経済的制約も大きい。
監査におけるこれらの消極的要因を緩和し、監査の効率性のみならず、有効性を高める機能を有するのが、異常性検出システムである。このシステムの利用は、異常性検出のプロセスが客観的に残ることから、客観的証明力をも強化する。
医師の病態診断 [12] は、問診、診察、検査から得られる医学的(正常値・異常値)情報の総合的判断による。そして、強度な異常部検出力と検査情報の高い客観性から検査に依存する傾向が強まっているのが現状である。その検査の進歩は著しく、基礎的な体温・血圧等の測定検査からレントゲン検査やエコー検査、さらにCT検査、MRI検査まで高度に発達し、今やケーブルテレビ(CATV)を利用した遠隔診断システムや遺伝子診断手法まで可能となっている。
監査における異常性検出システムも、医学上の診断システムのように進歩しなければならないであろうし、その可能性は十分に存在する。

4 異常性評価・リスク評価
異常性認識を得たなら、その異常性の強弱及び重要性について評価するのが異常性評価である。この異常性評価から初めて現在のリスク評価が可能となる。
したがって、異常性評価・現在リスクの評価を経た後に初めてリスク・アプローチ監査で行うリスク評価に入ることになる。しかし、異常性アプローチ監査では、リスク評価のみに依存するのではなく、異常性評価を基本に据え、これと現在リスク、一般的リスク及び過去特有リスクとの関連において総合的リスク評価を行って監査資源を配分する。この場合の監査資源配分及び実証的手続の第一順位は異常性が強く且つ重要性が高い現在リスクの大きい客体部分となるが、個々の監査資源配分及び実証的手続の順位は異常性評価の強弱・重要性と3種のリスク評価との組合せから生まれる。
異常性認識及びそれに基づく異常性評価・リスク評価は、企業体全体のビジネスアプローチによって行うものではあるが、プロセスとしてはトップダウンで行うことが効率的・有効的である。監査客体が巨大であり、ダウンでの極少的試査が重要な異常性評価・リスク評価サンプルにつき当たる確率が低いからである。
具体的には、先ず企業体の性格、目的や戦略、業界の特徴等企業の実体にアプローチし、その実体認識を基に財務諸表を異常性検出システムを利用して分析し、異常性を検出する。次に、これらのトップアプローチからの異常性評価・リスク評価を基に監査計画を作成する。それからは監査計画に従って客体認識、異常性評価・リスク評価へと進み、実証的手続によって客体の真偽(リスク)を判定していく。このプロセスを繰り返しながら下位におろしていく。
勿論、企業体組織の健全性(内部統制)検証と企業体の内部(ビジネスプロセス)の客体認識のために、試査による実証的手続は必要であり、有効でもある。

5 実証的手続
監査客体の真・偽を論証する証拠を入手する手続が実証的手続であるが、一般に監査手続として挙げられている次のものと同様である。
 ○イ質問、○ロ査閲、○ハ観察、○ニ実査、○ホ立会、○ヘ確認、○ト閲覧、○チ証憑突合、
 ○リ帳簿突合、○ヌ計算突合、○ル再実施、○オ分析的手続
これらのうち一部の手続(質問、査閲、分析的手続等)は、客体企業及びその財務諸表の信頼性や正確性を概括的に確かめるために監査受託検討時を含め、監査のスタート時から利用されるが、さらには客体認識、異常性認識及び異常性評価・リスク評価の段階においても利用される。
実証的手続の詳細については省略するが、次のように概括することが出来る。
 ○イ 客体認識・異常性認識及び異常性評価・リスク評価の手段として利用する。
 ○ロ 内部統制の検証手続として活用する。
 ○ハ 論証の証拠として利用する。
尚、内部統制の検証手続、証拠による立証手続及びサンプリング・チェックのいずれの段階における実証的手続でも、単なる検証手続に終わることなく、その手続を通じて客体認識を深め、異常性認識に結びつけていかなければならない。
したがって、監査の有効性を高める監査手続は、客体認識から異常性認識へ、それから異常性評価・リスク評価、そして実証的手続へと進むが、さらに、そこから客体認識へと続いていく循環系統を意識して行われることになる。

V. おわりに

リスク評価の合理性とリスク・アプローチによる立証プロセスの論理性の観点から監査の有効性と効率性に限界を感じている著者は、リスク・アプローチ監査と異常性アプローチ監査を比較し、両者の違いを明らかにしたうえで、異常性アプローチ監査の概要を述べてみた。
リスク・アプローチ監査を前提としてはいるが、瀧博教授は、「監査におけるリスク仮説生成とその評定 [13]」において、リスク仮説の評定の合理性について、確率論的なモデルによって検討した結果、モデルの最も重要な課題は、リスク仮説を想起する能力であったと記している。そして、認知心理学の研究成果の示唆によれば、人間の仮説生成には現実的な限界があるとしている。
勿論、異常性アプローチ監査における異常性認識にも限界は存する。しかし、異常性アプローチは、蓋然性の高いリスク評価を可能にし、監査客体に内在する重要な不正を看過する危険性は極めて低下するであろう。
確かに、企業の大規模化・複雑化とコンピュータの進歩によって客体の異常性認識は困難になっているが、反面コンピュータの活用次第で異常性認識を容易にすることも出来るのである。
これまでに述べた仮設から次のような論点が課題として残ると考えている。
 (1) 異常性アプローチ監査の論理構成をさらに精緻なものにすること。
 (2) 異常性の体系化と、それに対応した認識方法を体系化すること。
 (3) 異常性検出システムを開発・発展させること。
なお、ここでは異常性監査モデルを用いた監査上の重要性数値の算定あるいは内部統制等について論述できなかったが、別の機会に述べたい。


最後に、この仮説の発展の糧に読者諸兄のご批判を期待する。

注:
[1] 石田三郎「監査論の基礎」(東京経済情報出版、1992年3月18日初版)p.82
[2] 長吉眞一「財務諸表監査の構造分析」(中央経済社、2000年4月25日初版)p.12
[3] AICPA.SAS No.47、Audit Risk and Materiality in Conducting an Audit, December 1983
[4] AICPA.SAS No.55、Consideration of the Internal Control Structure in a Financial Statement Audit, April 1988
[5] 三浦俊彦「論理学入門」(日本放送出版協会、2001年4月10日第4刷)p.145
[6] 鳥羽至英・秋月信二「會計」(森山書店 1999年11月、第156券11月号第5号)論攻p.115、ASOBAC=Committee on Basic Auditing Concepts, A Statement of Basic Auditing Concepts(American Accounting Association,1973)p.35
[7] 三浦俊彦「論理学入門」(日本教送出版協会、2001年4月10日第四刷)p.111
[8] ibid p.105
[9] ibid p.13
[10] ibid pp.61~62
[11] 富永健一「行為と社会システムの理論」(東京大学出版会、2000年11月5日第2刷)p.103~108、pp.168~184 
[12] 河合忠他「Laboratory Medicine 異常値の出るメカニズム」(医学書院、2001年4月15日第4版)序論
[13] 瀧 博 「會計」(森山書店1999年11月、第156券11月号第5号)論攻p.60

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